かぬものの如く)短嬰ヘ調は地獄の音調でござります。――この音調の響く時、まず眠りが参ります。その次に死が参ります。(間)短嬰ヘ調を銀の竪琴に合わせて歌う令人は、全世界に唯一人ある(間)「暗と血薔薇」の曲を弾く、紫の袍を着た人だ。(この時より言葉の調子荒くなり、一層朗吟的となる)やさしき女よ。お前は間もなく、その悲しい歌を聞かねばならぬ。お前のなつかしむ恋人に逢う時は、その死の歌を聞く時だ。その死の歌を聞く時が、女よお前の一生で、最後の幸福が来る時だ。(間)悲しいこの歌の犠牲となった、世に美しい女の中には、一国の領主の妻もあった。領主の妻は、高い岩の頂きに住み、海の人魚に歌を送り、わが身を人魚に例《なぞら》えていた。……ああ実《げ》に死に行く人魚よ!(窓口に行き、音楽堂を眺め)悪しき紀念の音楽堂が、不貞の妻のために造られて、白からぬ女の霊魂を、何時まで彼処《かしこ》に止め置くのか。(領主を返り見)愚かなる領主の君! (女子はこの間に恍惚たる心となり、柱によりかかりて首を垂れる)再び罪と嘆きを呼ぼうとて、Fなる魔法使いを此処に召した。巡り来る、必然的の運命なれば致し方もあるまいが、(領主を
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