やいやそのように遠い月日ではない。一年、一日、今宵の中に、その恋人は紫の衣で現われましょう。
女子 (前へ進み)あの紫の衣で現われてか。
白髪の音楽家 赤い色は血の色で、毒々しい罪の色。青い色は秘密の色。この二つの色を合わせた紫の色は、世界の乙女の好む色。この紫の袍を着て、Fなる魔法使いは現われましょう。
女子 そして「暗と血薔薇」を歌ってか。
白髪の音楽家 何かは存じませぬが、まずこのように掻き鳴らします。(と銀の竪琴をかき鳴らす)この銀の音を聞く時は、(凄惨たる音調と、命令的の口調)雄獅子も眠り砂漠の月も空に彳《たたず》む。夢遊病患者が夜の都会の大理石の道を、青い煙のようによろめき歩いても、やがて運河のほとりの岸で、打ち仆《たお》れて眠ります。(威圧的の強き口調にて)騎士も眠り領主も眠る。(立ち並びいる騎士、音楽家は、各自の楽器を介《かか》えしまま、床上に片膝をつきて眠る。領主は傍の寝台の上に仆れて眠る。使女や童はいつしか退場、従者は壁によりかかりて眠る)――醒めたる者は恋人同志の二人だけ!
女子 (なつかしげに)その恋人はどこにいるのでござります。
白髪の音楽家 (女子の言葉を聞
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