下りて来る時、殿堂の姫君達は夜の衣をひきまといて、密かに寝所を遁《のが》れ出で、湖水の面に漂っている、ゴンドラへ乗り込みましょう。そこで罪ある歓楽は遂げられます。(間)姫君達が、そのゴンドラを立ち出でて再び寝所へ戻られた時、室の中には暗と血薔薇が歌っています。(間)恋人を知らず恋人を得んとも思わず、髑髏《どくろ》の盃を見るようなつれない[#「つれない」に傍点]女子でも。また尼寺の童貞でも、森の中の蛇の皮と、裸体祭の風流男《みやびお》とを百年の仇と思いつめるような、情《なさけ》知らずの乙女でも、櫛を折り、鏡を砕き、赤き色のあらゆる衣を引き裂いて、操を立てた若い後家《ごけ》でも、一度Fなる魔法使いの「暗と血薔薇」の音を聞けば、必ず熱い血が躍る。(と銀の竪琴をかき鳴らす)
女子 その「暗と血薔薇」の曲は、私の恋しい人が常々弾いた曲でござります。
白髪の音楽家 恋しい人は、光のように早く来るがまた影のように淡く消ゆるものでござります。(間)淡く消えた影の恋人も、暁の太陽のように、海を照らす探海燈のように、やがて何処《いずこ》からともなく、赤々と現われて参ります、(間)万年、千年、百年、十年。い
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