はこの銀の竪琴でどのような悪い影でも追いしりぞけることが出来まする。
領主 (疑わしげに、その音楽家を眺め)その銀の竪琴に何かの呪《まじない》でも籠っていると云うのでござるかの。
白髪の音楽家 世の中の不思議と云う不思議は、皆この銀の竪琴に籠っていると申しても過言ではござりませぬ。(間)これはFなる魔法使いの持っていた竪琴でござります。
領主 Fなる魔法使いとは、どのような魔法使いでござるかの。――紫の袍を着て、桂の冠をかむり、銀の竪琴を持った、若い騎士姿の音楽家ではござらぬか。
白髪の音楽家 Fなる魔法使いは、国々の北から南へ旅をして歩く、音楽家で、「暗と血薔薇」の曲を上手に弾きまする。
女子 (熱心に進み出で)「暗と血薔薇」の曲を上手にお弾きなされますと。
領主 (同じく熱心に)その魔法使いは、今どこ[#「どこ」に傍点]にいるのでござるかの。
白髪の音楽家 (口調ある朗吟的の言葉にて)レモンの花の咲く南の国の人々が、夢よりも虹よりも果敢《はかな》い歓楽にふけっている中に、暗と血薔薇が芽を吹いて、温室の中の子胞よりも生々と、罪悪の香を漲らせます。(間)夕暮の神の白い素足が後園の階段へ
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