所をじっと見詰めていたのでござります。
公子 何を見詰めていたのでござります。
女子 見詰めていたのではなく、引きつけられていたのでござります。その証拠には、その一つ所から視線を外《はず》そう外そうとあせっていたことを娘は今でもはっきり[#「はっきり」に傍点]と覚えているのでも解ります。
公子 何に引きつけられていたのでござります。
女子 恐ろしい魔法の光り物……。
公子 それは何でござります。
女子 恐ろしいものでござりまする。
公子 ただ恐ろしいものだけでは私には解りかねまする。
女子 その騎士姿の音楽家の恐ろしい眼でござります。(間)その恐ろしい魔法の光り物がその人の眼だと気付いた時は、娘の体は音楽家の両手の中にありました。
公子 (せわしく)両手の中に。
女子 (公子を止めて)音楽家の両手の中にありました。けれども体が両手の中に在ったと申しますのは、決して体をまかせたと申すのではござりませぬ。
公子 そんならその娘は、今でもなお清い体でござりますな。
女子 はい、その娘の体は、今もなお鈴蘭のように清い体でござります。(悲しげに、また恋しげに)、けれども遂にはその音楽家の両手に抱
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