かれて、身も心もまかせるようになるのでござりましょう。
公子 それは何故でござります。
女子 別れる時その人は(と紅の薔薇を唇にあて)これこの紅の薔薇の花を、娘の胸へさして、そしてこのように申しました。「今度お前と逢う時は、お前の幸福になる時だ」とこのように申しました。そして何時の間に来ていたやら、岸に着いていた帆舟に乗って、南の方へ消えて行ってしまいました。帆舟が地平線の背後へ消えてなくなるまで娘は見送っておりました。(長き沈黙)それから後は娘の心は、しじゅうその音楽家の姿に引きつけられ、忘れることは出来ませぬ。時々忘れかけようと致しますと、たちまち別れる時の言葉が聞こえて来ます。……それが娘には何んとなく、恐いと同時になつかしいのでござります。(間)娘は心の中で、あの音楽家が娘の体と心とを、永久に支配する人のように思われてしまいました。(間)今も今とて、堅くそう信じているのでござります。
公子 その怪しい音楽家は、どのような姿をしておりました。(思いあたると云う様子)
女子 (ためらわず)紫の袍を着て、桂の冠をかむり、銀の竪琴を持った、若い美しい、騎士の姿でござりました。
公子 (
前へ
次へ
全154ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング