巾着《いそぎんちゃく》が取りついているのでござります。そして餌をあさりかねた海鳥が、十羽も二十羽も、群れ飛んでいるのでござります。長い翼は日に映り、飛び巡るたびに木をこするような音で鳴き合いました。浜には一人の人もいず、背後の丘を越して風ばかりが吹いておりました。丘には花も咲かず実も熟《う》まず、ただ一面に赤茶けて骨のような石ころが土[#「石ころが土」に傍点]の裂け目に見えているのでござります。夕暮のことでありますから、沖の波は荒れて大きなうねりが磯に寄せて参ります。磯に寄せた大波はそこで砕け、白い泡沫が雹のように飛び散るのでござります。娘はその浜の水辺《みずぎわ》に立って、自分の影を見詰めておりましたが、影は長く砂に落ちているのでござります。(間)娘は老いた領主の一人子でありましたから、不足なく育てあげられておりました。(間)その時の娘の心は全くの虚心平気と云うわけではござりませぬ。何んと名づけてよいか名づけようのない心持ちが娘の心を領しておりました。もっと完備した生活を送りたいと願う心でもなく、自由に世の中へ出たいと思う心でもござりません、両親の愛を不足に思うでも兄弟の無いのをつま
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