女王が蛇の窟へ忍んで行ったではござりませぬか。――そのような取り越し苦労をなされずと、さあ早く紅い花の送り主を、語って聞せて下さいまし。
女子 (頭を傾けて肩に垂れ、過去を追想する如き風をなす)北の海辺の小さい領主の一人娘が、夏の終りの夕暮に浜に彳《たたず》んでいたと覚しめせ。
公子 その娘が貴女だと申しましても宜《よろ》しいのでござりますか。
女子 はい、そのおつもりでお聞き下さいまし。
公子 つづまやかな美しさが、その一人娘の彳んだ姿を装飾《かざ》っていたでござりましょう。
女子 その一人娘の着ていた衣《きぬ》は上衣は桃色で下は純白でござりました。(と自分の着ている衣を見る)その娘は小さい時からこのような色が大好きでござりました。
公子 私もそのような色彩が大好きでござります。
女子 娘の髪の毛は透明に見ゆる程光り輝く黄金色でござりました。(と自分の髪の毛にさわる)その髪の毛を暮れ行く薔薇色の夕日に映しておりました。そこは荒れ果てた浜で、髑髏《しゃれこうべ》のような石ばかりが其処《そこ》にも此処《ここ》にもころがっておりました。破船の板や丸太や縄切れや、ブリキが岩の間に落ち散り、磯
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