《くや》しい他人の名でも語られては、苦しい上の心苦しさと今までは、見て見ぬふりに黙っておりましたが、貴女より今のように打ち明けられては、今までの苦心も空しいものとなりました。(力強く)とてものことにその紅い花の送り主を、私に打ち明けて下さいまし。祝すか呪詛《のろ》うか、それは今から誓うことは出来ぬなれど、貴女の憂いを増させるような、はしたない真似は致しませぬ、これだけは屹度お誓い申します。(と十字を切る)
女子 (感激し)誓うとおっしゃるまでの御志《おこころざし》、私はどうしておろそかに致されましょう。(間)はい、紅い薔薇の送り主を話せとおっしゃるなら、話さぬものでもござりませぬが、あのお話し申したその上句《あげく》、あさはか[#「あさはか」に傍点]な迷信だとお笑いなさりょうかと思いまして……。
公子 何んで迷信だなどと申しましょう。貴女のその美しいお姿には、迷信などのとり入る隙がござりませぬ。よしまた、それが世に云う迷信であった所で、美しい貴女が、迷信でないと堅くお思い遊ばすなら、やがてそれが迷信でないように、総ての世間が思いこむでござりましょう。勢力は権力でござります、勢力の源は個
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