う。
女子 (花をしりぞけ)谷に咲いておってこそ、いとしい花でござります。何んの私が手に取りましょう。
公子 自然は冷酷でござります。人肌はなつかしいものでござります。いつまでこの花を、冷酷の自然にまかせて置けましょう。(と花をさしつけ)さあ早くお取り下さいまし。
女子 (暫時沈黙。やがて、淋しく悲しき嘆息。遂に胸にさしたる紅の薔薇花を取り、公子に示し)噫! 貴郎のように心の清い方は、恋の送り物をなさるにも、深山鈴蘭のような、清く淋しい野生の花を、花束にして送ります。そのお心に対しましても、私は貴郎にお従い申さねばならぬのでござりますが(と薔薇を唇にあて)、これごらん遊ばせ、この紅の薔薇の花が、いつの間にか私の胸に咲いてでござります。白い花と違い紅い花は、色から艶から匂いから一倍勝れて見えまする。私の心は、とうからこの紅い薔薇の花に、ひきつけられているのでござります。(悲しげに)そしてそれが、恐ろしい程、私には強い執着でござります。
公子 (失望して深山鈴蘭を床に投げる)いつも深紅の薔薇の花が、貴女の胸にさしてある故、どうしたわけかと思っておりましたが、もし迂闊《うかつ》に聞いて、口惜
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