いつぞや二人して、河添《かわぞ》いの牧場《まきば》を歩いておりました時、乙女等の摘み残した忘れな草[#「忘れな草」に傍点]があったのを、私がそっと摘み取って、貴女《あなた》の髪へさしました所、貴女はいつの間にか取り棄てておしまいなされました。その時私の悲しさはどのようでありましたろう。うるんだ眼から流れ出た二筋の熱い滴が、頬を伝ってその時忘れな草[#「忘れな草」に傍点]に散ったのを見ましても、知れるわけではござりませぬか。
女子 そのように一々おっしゃらずとも、とうから貴郎のお心はよう存じておりまする。……がもうもう、何もおっしゃって下さいますな。おっしゃられれば胸の苦しさが増すばかり、また貴郎に致しましても、そのようにおっしゃって、私の心を苦しめますのは、ほんとに私を愛して下さる、お志にも戻《もと》ると申すものでござります。
公子 云うなとおっしゃれば、もう一言でも云いは致しませぬが、その代り、せめてこの花を、その彫刻のような美しい手で、お受けなされて下さりませ(と深山鈴蘭の花束を出す)。白木《しらき》の戒名よりも淋しい花ではありますが、貴女のお手に取られたら、白い花も紅に見えましょ
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