なりますまいか。
女子 一つの願いは、また一つの呪詛《のろい》のように思われてなりませぬ。それをお話し申すは、やすいことでござりますけれど、お話し申しても何んの役にも立たぬことでござりますれば……。
公子 それは、あまり、情無《つれな》いお言葉と申すもの。が、その情無いお言葉は今に始まったことではなく、昔からのことでござりました。あの裏庭の無花果《いちじく》の陰で、さびしい花を毟《むし》っては、泉水へ流しながら、あれほど私が情をこめて、心のたけを申しました時も、甘《うま》くはずして、はっきりとした御返事は下されず。また、海に臨んだ岩陰の、人手と桜貝とで取りまかれた藻の香《か》の強い洞穴で、人魚同志が語るように、睦まじく話し合うた時も、恋の物語になる時は、屹度、いつかどうかおはずしなされます。さりとて情無《すげな》く振り切りもなされずに、恋の僕《しもべ》の狂うのをじらして遊ぶ、悪性《しょうわる》の姫君のように、気をいらだたせるお心が、私には怨めしいよりも、なつかしく、また慕わしいとは、よくよくのことでござりまする。(語る中に、そろそろと女子の傍へ座を占める。女子は困りたる風にて傍による)
前へ
次へ
全154ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング