とだろう。
従者 決してよい前兆ではござりませぬ。
領主 歌う声も弾く節《ふし》も前の妻とそっくりだ。
従者 そっくりでございます、決してよい前兆ではござりませぬ。
領主 若《わか》は近頃、どんな様子で暮らしている。
従者 近頃はいつもいつも、一室にお閉じ篭もりでござります。その御様子が、いかにも物ごと[#「物ごと」に傍点]に労《つか》れ、物あんじ[#「あんじ」に傍点]に倦《う》んで、そして御心配ごとで胸も心も一杯だという風に見えまする。……けれども……(と云いよどむ)
領主 けれども、どうしたと申すのか。
従者 お気に障りましたら御免下さりますように。(と云い憎《に》く気に)あの、今度館へ参られた女子と、度々人のいない場所でお話しなされておらるるのをお見受け申しました。……その時に限って、お顔のいろも、御様子も、生々《いきいき》として、さも喜ばしそうでござります。
領主 (色を変じ、苦し気に)ああ、ああ。(と仆《たお》れんとす)
従者 (それを助け)どう致されたのでござります。
領主 いやいや。ああ。(と再び仆れんとす)
従者 どう致したのでござります。
領主 そうだそうだ、それに違
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