う云うわけでござります。
領主 女子をまどわす、誘惑の本体が現われると云うことさ。(心配気に)女子の心が俺の方へ従うか、誘惑の主に従うか、総て、明日の晩、あの音楽堂の中で決定《きま》ると云うことさ。
従者 明日の晩、あの音楽堂で、お殿様が諸国へふれ[#「ふれ」に傍点]を出して呼び集めた名高い音楽家が、各自《めいめい》お得意の音楽を奏するのだとは聞いておりましたが、それが誘惑の主を現わす手段《てだて》であるのでござりますか。
領主 その通り。諸国から集った音楽家の中に、めざす悪魔がいる筈だ。
従者 どんな姿をしておりましょう。
領主 紫の袍を着て、桂の冠をかぶり、銀の竪琴を持った年の若い音楽家で、騎士よりも気高い様子に見えると云うことだ。そして其奴《そやつ》の好んで弾く曲は、短嬰ヘ調で始まる、「暗《やみ》と血薔薇」と云う誘惑の曲だと申すことだ。
従者 紫の袍を着て、桂の冠をかぶり、銀の竪琴を持った年の若い音楽家でござりますか。
領主 (頷き)そういう風をした音楽家が女子の心をとらかして、不貞の罪を犯させる誘惑の本体だ。
従者 どうしてお殿様は、たしかにそうだとお気づきなされました。
領主
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