ああ、またそんなことをお思い出しなされましたな、それは過ぎ去った罪ではござりませぬか。お思い出しなされぬに限ります。(独白の如く)音楽堂などを、お立てなされたのが、お心得違いのように思われる。あれが立っている限りは、お殿様のお心は、前の奥様から離れることは出来ぬのだ。云ってみれば、あの音楽堂は、お殿様へ、古い傷の痛みをいつまでも思わせようと、立っているようなものだ。(気を取り直し)で、あの音楽堂と、館へ参られた女子と、何か関係でもあると申すので、ござりますか。
領主 女子と関係があると云うよりも、女子の上にふりかかっている悪運命と、関係があると云った方が的中《あた》っている。
従者 それはまた、どう云うわけでござります。
領主 前の妻をたぶらかした、憎い恐ろしい誘惑が、この度の女子にもかかっていて、女子の心はその誘惑に捉われている。(間)誘惑に捉われているばっかりに、女子は俺の心に従わず、俺を愛さず、絶えず元の淋しい荒海の衰え果てた浜を慕っているのだ。(沈黙)けれども、いよいよ明日の晩には、あの音楽堂の競技場で、一切が現われ総てがかたづくだろう。
従者 一切が現われ総てがかたづくとはど
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