しますと?
領主 文字でも言葉でも絵でも表わせぬあるものをいつも思っていると云うことさ。
従者 それが音楽でござりますか。
領主 音楽だ、それが魔のような音楽だ、それが恐ろしい運命だ!
従者 恐ろしい運命! それではあの女子の身の上にも、魔法使いの銀の杖から湧いて出ると云う、悪い運命が、つきまとっているのでござりますか。
領主 (にわかに立ち上り)ああ、その悪い運命が、つきまとっていればこそ明日の競技が行われるのだ。
従者 と申しても私には解りませぬ。
領主 (寝台より離れて窓口に行き、対岸の頂上に立てる音楽堂を指す)お前にあれが見えるかの?
従者 (領主と並びて窓口に行き)はい、かすんだ眼にもよく見えまする。
領主 何と見えるかの?
従者 以前《まえ》の奥様の記念として、お殿様が業々《わざわざ》お立てなされた音楽堂でござります。
領主 そうだ、前の妻と二人で住んだ対岸の岩の上へ、果敢《はかな》い恋の形見として立てたのが、あの音楽堂だ。あすこには妻の魂と、音楽と、恋心とが籠もっている。(烈しき怒り)そして不貞と! (沈黙。――長き嘆息)そして、そして悲しき運命と、怪しい呪詛と。
従者 
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