われる、奇怪な運命が、しじゅう彼女の身の上にふりかかっていたことは、確かであったと云うことが出来る。
従者 そんなものが世の中に、あるものでござりましょうか?
領主 あればこそ、彼女が、あんな不幸な最後を遂げたじゃないか。(間)この世の中には神秘の門が、数限りもなく立っているが、それを開ける鍵は一つもない。
従者 奥様はその鍵の一つを持っていたのではござりますまいか。
領主 (従者の顔を見詰め)お前は面白いことを云う。(眼をそらし)彼女は鍵は持っていなかったが、神秘の門を幾度も幾度もおとずれたことはあった。だがそれは、ただおとずれたばかりだった。
従者 お偉い方でござりましたな。
領主 偉いか偉くないか知らぬけれど、不幸の女だった。(間)俺にとっては一生忘れられぬ強い強い記憶である。――
従者 その奥様と、今度この館へ参られた女子《おなご》とが似ていると申すのでござりますか。
領主 (深く頷き)その通りだ。
従者 どこが似ているのでござります。
領主 何から何まで。
従者 あの女子は、バイオリンを弾かぬではござりませぬか。
領主 手では弾かぬが心ではいつも弾いて歌っている。
従者 と申
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