に耳を澄ませしがにわかに飛び起き窓を見詰め)
少年 お姉様!
女子の声 (やや明瞭《はっきり》と)ヨハナーン! ヨハナーン! お歌をよーっく覚えるんですよ!

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五色《いついろ》の色の機織《はたお》り
一日を十年《ととせ》に数え
幾日《いくひ》経《へ》にけん。
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(ヨハナーンたちまち喜色を顔に浮かべ)
少年 お姉様だ! お姉様だ! あのお声はお姉様のお声だ! 窓の外にお姉様がいらっしゃる。
(と窓に馳せ行き、垂れし黒幕をいっぱいに開く。窓外の光景大きく観客に見ゆ。――塔は空の光に浮き出でて牢獄の如く凄惨として彳《たたず》み、塔の裾の水門もまた鮮やかなり。その水門の上には影の如き人々一列に並び、その前面には巨人立つ。巨人は灰色の衣の袖を上下して上流の小舟を招く。上流には小舟あり、ゆるゆると水門さして流れ下る。小舟の中にはヨハナーンの姉、白衣に包まれ白き百合の花に飾られて仰臥す。眼は見開けども瞳定まらず、ただ仄明るき空を見るのみ。空には小さき月ありて、雲間断なくこれを掠め、風絶えず雲を吹く。雲を吹くの風はまた塔を吹く、塔には悲愁の叫びあり。―
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