覚悟せる冷静を以て。されどまた最早躊躇する時にあらずと云うが如き態度にて)ヨハナーンや! さあ!(と云いつつ床上に落ちたる七弦琴を取り上げてヨハナーンに渡し)さあ。(塔をすかし。また扉の外へ耳をすまし)さあ!
少年 (七弦琴を受け取り)お姉様!
女子 (扉を見詰めつつ)歌ってあげましょう。「その日のために」を。……早く!
少年 お歌! (と七弦琴を構える)
女子 (絶えず、扉の外の物音に気をくばり)このお歌は。……(と機の方に近より)いつもこのお室でこの機を織りながら歌った歌ですよ。……ね、さあ、……今日は機の織り終《しま》いに、……歌の歌い終《しま》いに。……歌って織りましょう。(間)ヨハナーンや?
少年 お姉様!
女子 ようッく、ようッく歌の文句を覚えるんですよ。……(と女子機の台に腰を下ろし、梭に手をかける。この時、最後に残りし黄なる糸、中頃より切れて落つ)
女子 切れた! (立ち上がる)
(たちまち、上手の入口の鉄の扉、音なく開けて、影の如き人々の列、表情なき足どりを以て室内に入り来る。――真先には巨人立つ。(巨人もまた影の如き姿)この一列は室を廻りて下手に半円形を造りて、立ち
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