私は昔のようにやさしく抱いているんですよ。……ね、やさしく。……ほら。
少年 いいえ、骨のように堅いのよ。……そして私の、私の、(と胸を抑え)また私の胸が大変躍ってよ。……あの日のように。――お姉様! ほら、ほら、ね、こんなに。
女子 (ヨハナーンの胸を抑え)まあー。
少年 お姉様! お姉様! お姉様! (と痙攣的に泣く)
女子 ええ、ええ、もう。(と塔をすかし見て、絶望的に嘆息す)
(ヨハナーンの泣き声のみ悲哀をこめて場内に響く。――その声、次第次第に細り行く、笛の音の切れんとするが如し。……やや長き沈黙)
女子 (卒然として立ち上がり、上手の扉に向かい耳を澄ます)足音! 足音!(とヨハナーンを床の上に立たす。ヨハナーンはにわかに泣き止め、恐怖に襲われしが如く身をふるわす。大人の如く真面目なる表情)
女子 ヨハナーンや! あの音が聞こえますか。あの音が? おお おお!
少年 いいえ、何も、お姉様何も聞こえは致しませぬ。……ああ、いいえ! お姉様! どんな音? 風の音?
女子 (凝然と扉を見つめ)いいえ、足音! 大勢の足音!
少年 いいえ、いいえ。お姉様!
女子 そうだ。たしかに。(と
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