けれど、なんだか大変偉いようなお人だわ。そして恐いお人よ。……その人はね、いつも私に囁いているの。「行け行け! ただ行け、行け! お前はどうしても行かねばならぬ!」こう私に囁いているのよ。
女子 (凝然たる瞳を以て黒幕をすかして塔を眺む。――失望の色は顔を鉛色に染む)ただ行け行け! お前は行かねばならぬ! その影のような人がそう云ったんだね。
少年 ええ、ええ。
女子 塔の人。塔の人。
少年 お姉様! (と姉を恐ろしげに眺め)そのお人は悪い人ですか……。
女子 いいえ、(間)いいえ、(間)いいえ。(間)
少年 恐い人ですか?
女子 いいえ、(間)いいえ。……その人はね、塔の人ですよ。塔の人……。
少年 お姉様! 私には……わからない……強い人なの?
女子 もうもう、何もお聞きでない。お前さんは、その人に連れられて来たんですもの。……恰度《ちょうど》私が灰色の帆舟で連れられて来たように。……ヨハナーンや! ……その人と一緒に三つの門を越して来られたんでしょうねぇ。
少年 (深く頷き)ええ、ええ、三つの門を越して来たのよ。
女子 やすやすと越せたかぇ。
少年 ええ、ええ、安々《やすやす》と
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