て來月からでも起工するとしようかね」
 主事は地に片手を棹さし首を長くして二人を怪訝そうに見送った。
「まあ、このことはいずれ……」
 洋服と周衣《ツルマギ》氏は煙をはきステッキを振りながら向うの方へと立ち去っていった。
 その日から彼はちっとも町へは姿を現わさなくなった。いつにもまして版圖の檢分を嚴重にし、身仕度を終えると彼の小屋が眺められる丘の上へのぼる。そして寢轉んで青空を眺めながらその日その日を暮した。(わっしの領分はあんなにじめじめして狹いのに、空はどうしでこんなに青く廣いのだろう)彼はそれ以來天國に遊ぶようになった。(空は淋しいだろうな)
 或る夕暮私はこの丘の上に立ったことがある。入日の反照を受けた荒蕪の野の遙か遠くには、小川の流れが仰向けに黄色くなって倒れている。丘の下尹主事の版圖はいつの間にか紡績工場の基地として占領され、方々に赤い旗や白い旗が立ち並んで野風にひらめいていた。そこここに歸り支度をすましたらしい五六人宛の職人が焚火を圍んで騷いでいる。
 偶々カチ鴉が二羽慌ただしく飛んで來て近くのアカシアの梢で啼いた。そしてその後を追いかけるようにして、一人の男が大きな板
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