羽二重《ハビタン》(彼はそう發音した)の見切品を買取って貰えぬだろうかと何度も腰を曲げて叩頭した。誰某が日本内地からそれを直接取り寄せて大儲けをしているからと得意然に。
「わっしも一つ儲けて城内に家を建てて移らんことにはなあ、ひっひひひ、ひっひひひ」と思うと、そのことはもう忘れ去ったように、今度は淫らなものを見た坊主のごとくひとりえへらえへらと笑い出した。そこで突然面長と駐在所の巡査とどちらが上だろうかと質ねよるのである。つい苦笑すると主事はいよいよ愉快になって、それみろ答えられんだろうと言うみたいに私を指差しひっくり返りそうにけらけら悦びながら歸って行った。
――それから野ずらに陽炎が緑にけぶる頃のことである。彼は小屋の壁に寄りかかり肌をさらけ出しで虱をとっていた。暖い陽光は彼の六十年來の垢肌をくすぐったくうずうずさせる。それに大きな奴が何匹も威勢のいい所を見せて炭のような指先に白く乘り出してきたので彼は全くいい氣嫌になっていた。
その時嗄れ聲が近くに聞えてきたのである。
「そうでやす、旦那。ここらが一等の候補地でやすよ」するとそれをうけて阿彌陀聲がぼやく。
「うむ。今の所買占め
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