がしょぼしょぼと降り始めた。路行く人々の足が目立って急がしくなってゆく。玄竜は電車路の真中を狂犬のようにあてどもなく進んで行った。もうぼうぼうの頭が雨に濡れて渦を巻き、肩は雨で重そうに垂れていた。自動車が傍を掠《かす》めて走り電車は後ろの方で激しく警笛を鳴らす。その音がようやく耳にはいると彼は黙ったまま静かによけるのだった。時にはよけると共に振り返って拳を振り上げて、「野郎僕を殺す気か」と狂人のように叫んだ。
 けれど半時間あまりも歩いて師範学校前辺りまでやって来たかと思うと、ふと何かに取り憑かれたように右に折れて暗い小路の方へはいって行った。泥が靴にはねつき靴は水を蹴る。その中に雨は本降りになり出した。路地をばたばた走っていた人々は驚いて立ち止り、振り返って見て首を振った。彼はどこまでもどこまでも小路の続く限り、無我夢中に左へ曲ったり右へ抜けたりしつつ縫い歩いて行くのだ。今自分は寺を捜して行くんだと、ちりぢりにほぐされた神経の一つが遠い所でのように囁く。その小路をしまいまで登りつめれば妙光寺になると思われているのだった。再びあの新町裏小路の蜘蛛の巣のような迷路にはいっていたのである。
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