ぴったりと体をすりつけて、息をころし目を爛々《らんらん》と光らして大通りの方を睨んだ。楽隊を先頭に立てた長い行列が神社の方へ向って行進している。何だかそれが自分を包囲し迫って来そうに思われるのだった。ゲートルを巻き附けた中学生や専門学校の生徒達が行けども行けども続き、後の方には国防服を着けた先生やその他新聞雑誌の人や顔見知りの文人達がぞろぞろとついて行く。
 行列が通り過ぎてしまうと彼は又急に慌てて出口まで飛び出した。物陰に息をひそめてどんよりとした目で眺めれば、それはもうひっそりとして遠くに消えかかっている。もはやどこか行列の中へでもまぎれ込んだらしく姿を消した女流詩人のことは忘れ去って、玄竜は行列の進んで行った方向とは反対の方へ、誰かかに追われてでもいるかのように逃げて行った。頭の中が砂を一杯ぶち込まれたようにくらくらと混乱しているのだ。時々ホテル、お寺という想念が雲母《うんも》の如くぎらぎらと光を帯びて正面に塞がるけれど、立ち所に又激しい砂風におおいまくられてしまう。何だか薄寒い日である。今に月でも出そうな朝であると、彼の心の一隅に別な人間がいて思うようだった。だが月どころか小雨
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