くぐり門を抜けて庭を飛び出した。じめじめした路地に家々は芥箱のようにいがみ合い、下水には灰やきたないものを捨てたり流したりしているので、悪臭がむんむんとむれ上り、激しい風に灰や埃が吹き飛んでいた。小路を抜けて遠くの方へ蒼惶《そうこう》と逃げて行く女流詩人の姿がひらひらと靡《なび》いて見える。玄竜はけらけら笑いながらがに股を懸命に泳がせて意地悪く追いかけ始めた。逃げ足だっている彼女は一度振り返って見たとたんに、両手を振り振りやって来る玄竜に一層魂消て悲鳴を上げんばかりになりつつ走って行った。彼はだんだんと追いつくようになるにつれ、益々面白くなって何かを叫んだり喚いたりさえした。土壁の傍で土遊びをしていた二三の子供達が手を叩きながらはやしたてた。が、やっとのことで転げるように文素玉は路地をぬけて黄金大通りへ逃げ出した。丁度その時だった。玄竜が最後の路地を曲ろうとした瞬間に、突然大通りの方から喇叭《らっぱ》の音が嚠喨《りゅうりょう》と響いて来た。玄竜はぎくりとして立ち止ったかと思うと、急にどうしたことかぶるぶると体をふるわせ始めたのだ。次の瞬間自分の方から逃げ隠れるように傍の家の煙突の後ろに
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