は玄竜の顔附にびっくりして後ずさってもじもじした。「……今日は祭日じゃありませんの、神社へ行きますのよ」
「神社?」
彼は何か六カ敷いことでも思い出すように問い返した。
「……そうよ」
すると玄竜は急にどうしたことかけっけっと笑い出した。神社という言葉が彼には突然忌々しく思われたのだ。神社の神は内地人の神であると誰も拝みに行かなかった頃、率先して内地人の群に投じ社頭にぬかずいた当初の彼は真に重大な人物で後光さえさしいろいろな役目もあった。けれど今はもうそうではないのである。寧ろ有象無象《うぞうむぞう》神社へ神社へと雲のように押しかけて行く朝鮮人達が憎くてならない位だった。文素玉は身の毛もよだつようにぞっとして身をすくめたと思うと、
「行って来ますわ」
とかすかに一言云い捨ててほうほうの態で逃げ出した。それを見て玄竜は気味よげにけらけらと嗤ったが、つと驚いたように立ち上った。空は益々|鬱陶《うっとう》しくなり雲が北の方へ北の方へと押し寄せて行く。咄嗟に彼は文素玉の温かくしめっぽい肢体に対する慾情にかられ、これは今こそ掴まえねばならぬぞと考えたのだ。その足で彼は慌てて崩れかかりそうな
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