。南京虫はあまりに血を貪《むさぼ》り啜《すす》ったのであろうか、急に逃げ腰になってはいるが、赤く膨れ上り過ぎて足が云うことをきかぬらしく体を持てあましている形だった。時々|辷《すべ》って転げ落ちそうになるが、指先を持って行けば又慌てて逃げ出すのだった。もともと彼は南京虫が好きである。地べたにひっついて這い歩く様子が、自分の態《ざま》によく似ているとでも考えているのだろうか。或はその図太さや狡さが好ましく思われているのかも知れない。それにおやこれは今まで自分の首筋を這い廻っていたのに違いない、さてはあのメロン頬の女から背負わせられた奴かなと思うと、何故かしらくすぐったいような腹立たしさを感ずるのだった。彼はいきなり肩をうねらせてひひひと笑った。が、おやっと思ってみるといつの間にやら、南京虫はすごすご急いで今度は襞の裏の方へ逃げ隠れようとしている。彼は素早くその一端をつまみ上げてそうっと裏返し、いかにも面白そうに飽《あ》くまでその行方を見守った。ところがものの二三分もせぬ中に突然彼は目をむいて仰山《ぎょうさん》に驚き上った。南京虫は丁度ある一つの見出しの上を通りながら、一字一字を彼へそれと
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