れで僕も以って瞑するぞ。するとその時部屋の中は真暗くなり、天井といわず壁といわず温突の底といわず方々から、自分の残骸を嘲笑《あざわら》う群衆の嗤い声がわっははと湧き上った。彼はたえかねて追い散らすようにはね起きて、
「僕は死にやしない、死にやしないぞ」と悪魔のように叫んだ。激しく格闘でもするかの如く両手をめちゃくちゃに振り廻しつつ慌てふためいた。もう煙で目はくらみ息さえ苦しい。彼はついに正気の沙汰ではなくぐるぐると温突の上を這い廻り出したが、膝頭ががたがたふるえる。わっはは、わっははという声々は行手を塞ぎ、又方々から赤い焔がめらめらと燃え上って迫り来る。幻影に襲われたのだ。いよいよ彼は恐怖につきぬかれて何かを叫び叫びつつ出口を求めてあがき廻った。老婆はこの気違い男は又どうしたのだろうかと戸口の方へやって来てぶるぶるふるえ出す。だが、丁度うまく彼の逃げ惑う体が障子戸にのしかかったので、いきなり明るみの地べたへ投げ出された。老婆はきゃっと叫んで飛びのいた。少しは息使いも苦しくなくなり、暫く倒れている中に怖ろしい幻覚も収まって、彼はただ放心状態に大きな目だけをぐりぐりさせている。空には激しく
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