苦しそうに咳をして、相貌を険しく歪めたまま不機嫌らしげにじいっと桃の枝を見つめた。もう花はすっかりなくなり枝々の先も折れ、見るかげもなく泥によごれている。触《さわ》らぬ神に崇《たた》りなしとどんな男からも怖れられた玄竜が、それしきの夢にこれは又何ごとだと思えば急に忌々しくもなって来た。惨めな残骸を曝《さら》している桃の枝が今の自分の姿とも思われるのだ。すると昨夜の花売り百姓の哀れな像が大写しで現われ、それが両手を振りながら絶望的に喚いている声が聞えて来る。
「どうして皆笑うんでがす、笑うでねえ、わっしあ斃《くたば》っちまうんだ。笑うでねえ!」
 部屋の中は恰《まる》で煙幕をはられたようである。玄竜はこういう絶望的な声からのがれようとして、急に腕の間に頭を抱えて耳をふさいだ。そしてごろっとその場に倒れ身悶えした。そうだ、僕こそいよいよ斃ってやるぞ! 鐘路四辻の真中で自動車と電車の間に挟まって爆弾のようにはね散って死んでやるぞ! 事実彼は昨夜から自分の死ばかりを考えているのだった。死ぬには交通自殺に限る。大通りの真中でむごたらしく死んでやってこそ、最上最後の復讎が出来ると思っているのだ。そ
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