は天に上るんだ、天に上るんだ、玄竜が桃の花に乗って天に上るんだ!」
 そこで恰も木馬に乗った勇士のようにすっすっと彼等の傍を突き進んで行った。意想天外なこの神秘主義者を見てくれといわぬばかりに。花々が無慙に首を折られ花びらをよごして所々に落ち散らばった。が、ふと思い出したように振り返って見ると、田中が一人暗がりの芥溜に小便を垂らしている。それで玄竜はこの時だとばかりその傍へ飛んで戻るや息をはあはあ切らしつつ、「田中君」と喉に詰った声で囁いた。「大村君に僕のことを頼んだぜ。お寺へ行かぬようにしてくれ、お寺へ」
 その声があまりにも絶望的な悲しみにうちふるえていたので、驚いて田中は玄竜の顔を見つめた。ぞっとするようにひきつって見える形相が急に崩れて、気味悪い笑顔が浮んだ。それから彼の片方の手が自分の肩を卑屈そうに打って来た。
「あれはどうも官僚だからへいへい云わないと悦ばんのだよ。芸術家というのも分っていないんだよ……明日ホテルに行くぜ」
 と云い捨てると、再びこれ見よがしに桃の枝に跨がって引きずりつつ天を仰いで喚き始めた。
「玄竜が天に上るんだ、天に上るんだ!」
 その際に大村と角井は田
前へ 次へ
全74ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
金 史良 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング