って来て袖を引張りつつせき込みながら、
「田中君、田中君、実は君に折り入っての話があるんだよ」
と哀願するように呻いた。
「もっとつき合ってくれな、もっと」
「ほう、これはいい花だね」
と、田中はまぎらわせる様にしどろもどろに呟いた。そこで玄竜は急に勝ち誇った様に元気を出して桃の枝を肩に担ぎあげるや、
「そうだろう、いい花だろう、桃の花だよう、桃の花なんだ」と、声高に銅鑼《どら》声を上げつつ、恰《まる》で兵隊ごっこをする子供のように先頭を切って出て行った。やはり自分もこの偉方達にくっついて一緒に歩き廻りたくもあったのである。大村や角井と田中は後から仕方なさそうに嗤いながらぞろぞろと出て来た。蒼然とした月がぼっかり空にかかっているけれど、小路は相も変らず薄暗かった。彼は少しくおどけて桃の枝を担いだまま体を揺りながら二間程進軍して行ったが、突然立ち止って胸を張り空を見上げ不意に桃の枝を股の下に引きずり込んで乗っかるようになったかと思うと、天に合図するかの如く手を振り上げて一度けらけら笑った。他の三人は知らぬ振りをして彼の横をすごすごと過ぎて行く。彼は慌てて声高らかに叫んで曰くに、
「僕
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