いと考えたので、いきなり全身をぐっと前に乗り出して、
「ところが大村さん」と叫んだ。「田中君とは僕はかけがえのない親友なんですよ」
だが大村は云うだけ云ったというような調子で、くるりと田中や角井の方へ向き直って云った。
「さあ、もうそろそろ引上げましょうかな。大抵どんなものか見当がついたでしょうな」
「ああ大村さん、もうお帰りになるんですか」
と玄竜はびっくりして、急にばね仕掛けにでも弾《はじ》かれたように大村の腕へ獅噛附《しがみつ》くように飛び出した。が、そのとたんに落ちていた桃の枝に足元がひっかかったので、彼は咄嗟《とっさ》にそれをすくい上げて抱え込みながら喘いだ。
「大村さん、大村さん!」
「どうしたんだね、それは又」と大村は不審そうに体を反らしてじっと見つめたかと思うと、「そんな様をして又歩いているのか、君のことはもうわしは知らん!」
「大村さん、大村さん」玄竜は急にへなへなに腰がくだけて悲しげに叫んだ。「あまりに花がいたいけないので街で百姓から買って来たまでなんです」その時自分の飲み代まで角井が払いをすましている様子なのを見て、彼はきまり悪くなったのか、慌しく田中の方へ廻
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