と玄竜は纏《まつ》わりつきながら腰をかがめた。「……実はそのう、田中君を一日中捜し廻ったんですよ。それで腹ぺこになったもんですから……つい、へ」
「おい、どうしたんだ、お寺には? ぐずぐずしないで一日も早く行くんだ!」
「はあ」と畏《かしこま》って玄竜はばつ悪そうにもじもじするのだ。「それはもうよく分っているんです」
大村は角井や田中ににやりと目配せをしてみせ、それから遠来の客もあることなので自分が朝鮮にいて如何に朝鮮人のためを思っているかを身をもって示さねばならぬと考えた。
「早く謹慎の状をみせるんだ! 警察の手に君を渡すに忍びない気持があるからこそ、立派な和尚さんの所へ行って頭を直して来いと云うのじゃ。要するに君のような人間たちの魂を引き上げるためなんじゃ。煩悩を断つんだぞ、煩悩を」
「はあ、だから僕も……」
「分ったか、宜しい」そこで得意げに一度肩を張った。客達は皆目をきょとんとさせてこの光景を眺めていたが、さすがに田中は感慨無量そうに目をつぶったまま聞いていた。
「今はどういう時局だと思う。はっきり時局を認識しなくてはいかん。酒場を飲み倒したり、女を強奪したり、人を恐喝するな
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