にみる立派な奴だよ。だから僕など民間にいながら率先して全力を尽し助けているんだ。だが惜しいかな、好漢大村君も芸術家が分っていないんだよ、真の芸術家というのが……だから田中、君のような作家が大いに啓蒙してやるべきだと思うんだよ。ハムレットでもあるまいに、僕にお寺へ行けと無茶を云うんだから愉快なんだよ。それがね、尼寺へならともかく禿坊主のところへなんだよ。ねえ、僕がオフェリヤかよ? 僕はこう見えても憚《はばか》り様ながら頭はしっかりしているんだ!」
 角井はいかにも憐れむように田中に嗤ってみせつつ、すっぽらかして出て行こうというふうに、その洋服の裾を引張った。ところが玄竜が妙に喉にからんだ声を張り上げて強がりを云っている時、当の大村が悠然と入口の方からはいって来た。見るからに四十がらみの堂々とした立派な紳士である。玄竜はすっかりうろたえて、へーと笑いながら首筋に手をやるとぺこんと頭を下げた。角井は傍で意地悪い声を出してけけけと突然嗤うのだった。大村はここに玄竜がいるのを見て急に不機嫌になって呶鳴った。
「どうしたんだ、君は又こんな所へ来てくだをまいているのか」
「へー大村さん、へ、どうも」
前へ 次へ
全74ページ中56ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
金 史良 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング