「莫迦に大村君は遅いですな、一人で帰ったのでしょうかな」
 と田中に向って云った。彼は玄竜が大村を雷のように怖れていることを知っているからである。
「え、大村君?」果して玄竜は一時に酔いがさめたように目を大きくしてぐっと体を起した。「大村君、大村君と一緒だったんですか?」
「うん、そこらで何か買物をすると云っていたがね」
 怪訝《けげん》そうな顔をしてから答える田中の話を聞いて、あ、これはいけないと慌てて、
「そうなんだ」と訳の分らぬことを叫んだ。「だから大村君と力を合わせて、朝鮮民族を改良するために努力しているんだ。問題は簡単なんだ。朝鮮人|悉《ことごと》くが今までのような固陋《ころう》な思想からぬけ出て、東亜の新事態を確認し、そしてひとえに大和魂の洗礼を受けることなんだ。それがため僕は人から気違いとまで云われながらも、大村君のU誌にいつもセンセイショナルな論文を書き立てたんだ」そこで急に声をひそめて首を突き出し、
「大村君は僕のことを何とも云わなかったのかい?」と訊いた。
「いや別に……」
 と田中はお茶をにごしたが、玄竜は又急にもとのような調子にかわって、
「大村君は実に当代稀
前へ 次へ
全74ページ中55ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
金 史良 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング