出したのである。――だが今や玄竜は田中に会えたことを思うともう凡ての悲しみも苦しみも霧散し、ひとりでに嬉しくなっていよいよ多弁になっていた。殊に傍には角井もおり、今まで筆を取る度に威張り散らした手前もあるので、思い切って大きく出て来た。
「帰ったらS先生にも宜しく云ってくれ、奴は朝鮮に帰ってからも中々やりおりますとね」
 或は、
「T先生は元気かね」
 それから、
「R君はどうしている?」
「D君の奥さんは?」
 けれど生憎《あいにく》、田中はSやTとも親しくしているような小説家ではなかったので、しどろもどろにばつを合わせた。何しろ彼は此頃スランプの中にいて書けないので、流行の満洲にでも行ってうろついて来れば違ったレッテルもついて新分野の仕事が出来るかも知れないと出掛けたまでだった。それでも発つ時に或る雑誌から朝鮮の知識階級に関する文章を求められているため、彼は今先まで自分に先生先生と馴れ馴れしくついて廻っていた低級な文学青年達を興味深く観察し、彼等と別れると大村や角井からいろいろ参考意見を聞いた所だった。殊に角井の至って人間学的な説明に依れば、朝鮮の青年というものは悉《ことごと》く臆
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