るなり突然叫んだ。
「コーヒー」
 女の子はびっくりして飛んで行った。で、彼はすっかり満足してにたっと笑いを浮べお尻を上げると、今度はどういうつもりか調理場の方へ狗《いぬ》のようにはいって行くや、
「ひー済みませんね」と相好をくずし、手をぴょこんと差し出した。「おしぼりを一つ……」
 こういった馴れ馴れしさからみるに、調理人達はとうに自分を知っているに違いないと思っている訳であろう。成程彼等は昨夜二階で起った不祥事件を知っているので玄竜を覚えていた。丁度朝鮮文人達の会合があって何かを皆が熱心に討論し合っているところへ、片隅で突然玄竜がけらけら笑い立てたかと思うと、彼は一人の若い男から突然皿を投げ附けられ、頭を打たれて倒れたが、仰向けになったまま尚も不貞腐《ふてくさ》れたようにけらけらと笑うのを止めなかった。その場で李明植というその若い男は傷害のかどで臨席の警官に連行されて行った。調理人達はその席上の玄竜のふてぶてしさに随分驚かされたが、又こういう調理場のような変なところへ彼が現われてみると、いよいよ面喰らって怪訝《けげん》そうにお互い顔を見合わせた。誰とて笑う者もなく、ただ一人が驚いた
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