る廻るのである。
「怪しからん、怪しからん、僕は恨んだぞ、大いに恨んだよ。黙って来るってそんな法があるかよ」
「済まん、済まん」
 と、田中は救いを求めるようにかすかな声で呻いた。
「さあ、そこで一杯やろう、盃を取ってくれ!」玄竜は素早く飛びのき盃を取り上げた。
「おう田中君、僕は君が朝鮮に寄ってくれたので感謝しているぞ、本当に嬉しいぞ!」田中が大村と一緒でないことが尚のことうれしいに違いなかった。彼は再び殆んど抱き附くばかりの恰好で、「やっぱり君はやって来たな。ようくこの新しい朝鮮を観察してくれよ。頼んだぞう! さあ、一杯ぐっとやってくれ!」
 そしてついはめを外したあまり、
「さあ、角井さん、あんたも大いに飲んで下さい!」
 と、彼の背中さえ痛い程叩いた。角井は玄竜とはU誌の会で一二度会ったきりで、そうこんな男に馴れ馴れしくされては自分の沽券《こけん》に関ると考えるのだった。もともと彼は大学の法科を出ると共に朝鮮くんだりへ来て真直ぐ教授にもなれたのだが、此頃は芸術分野の会にまでのさばり出るなど内地人の玄竜ともいうべき存在だった。朝鮮に出稼ぎ根性で渡って来た一部の学者輩の通弊の如く、
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