打消すように妙に喉にからんだ甲高い声を出して一人でに笑ってみた。だが彼は自分の笑い声にびっくりして慌てて肩にかけていた桃の枝を胸に抱きしめじっと息をころした。暫くそうしていると気はしずしずととおのいて行き体じゅうがとろけ込むようで、ふっと幽かな光芒を帯びていろいろな女の幻影がとりとめもなくちらちら動いて見える。×××××(五字欠)メロン頬の女。その陰で女流詩人がにっと笑っている。口を心持ちすぼめて明日の朝行くわと囁くのさえ聞えるようである。そうだ、今夜はどうしてもあのじめじめした下宿の穴部屋へ戻って彼女を待たねば……。すると彼女の水で洗ったような××××××××(八字欠)が空間に浮び上り、それがだんだんと腕をひろげて熱いむせるような息を吹きかけつつ自分の体をおそうて来るような錯覚が起きた。それにしても田中は一体どこにいるのであろう。彼はこのように現実と夢幻の間を右往左往している中に、今度は又何とはなしに田中の妹の明子のことを思い起した。田中もその頃は一介の文学青年として苦労していたが、一緒にいる妹の方は女子大に通っている美しい娘さんだった。当時彼はありったけの熱情を傾けて彼女を愛してい
前へ
次へ
全74ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
金 史良 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング