な冗談さえ一言も云う遑《いとま》もあらばこそ立て続けに何杯もひっかけた。外の方から暖簾《のれん》の中へひょこひょこ首を出して、彼の出て来る気配をさぐっていた乞食の子供達も、ついにあきらめていつの間にかどこかへ消え失せてしまった。
彼はこんなに飲み始めると耳鳴りがし足が動けなくなるまでぐでんぐでんに酔わねば収まらない性分である。でも彼が泥酔するまでにはこの薬酒なら六十杯は少くとも必要とせねばならなかった。こうして一杯又一杯と盃を重ねる中に、酔いがけだるく全身に廻って来て、次第に胸をしめつけるような悲しみが襲うて来た。今夜中にはどうしても田中を掴まえねばならないのだ。そうだ、ここからすっかり酔いつぶれて出てもう一度朝鮮ホテルへ押し掛けて行くんだ。そして田中に助けを求めれば凡ては巧く運ぶに違いない。そう思うと何だか自分がお寺へ預けられるということが、急に哀れな喜劇のようにさえ思われてならなかった。自分もあの瓢《パカチ》のようなぐりぐり坊主になって袈裟《けさ》を身にまとい、鼻汁をよく啜り上げる正覚禿坊主の前で、毎日毎晩|数珠《じゅず》を首にかけて神妙に禅をくまねばならぬとは。彼はこの悲痛さを
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