人がいてどんなに引張ろうとも決して道草は食うまいと固く決心した。それ故カフェー鐘路会館の扉を開けるや誰かがよう玄さんと叫んだ時も、彼はへへへと笑ったまま踵《きびす》を返し、バー新羅の中を窓を開けて覗いたとき、おい気違い、乞食野郎! と皆から罵声を浴びせられた時も、彼はただ自分が柔道初段以上もあることを思い起すだけでへらへらと笑い去った。或るところはうっかり飛び込んで、朝鮮服に洋装とりどりの女からお花頂戴頂戴と襲われたが、それでも彼は女共のお尻一つ叩かず花を二つ三つ投げてやりながらほうほうの態で逃げ出しただけであるが、このようにその界隈を西から東へと殆んど虱潰《しらみつぶ》しに捜し廻ったけれど、どうしても田中の一行は見当らない。彼はいよいよ焦だたしい気持に追いたてられ、あてどのない憎々しさと憤りをどうすることも出来なかった。
玄竜は再びどこといった目当てもなしに、がに股の足を重そうに引きずりつつ捜し廻った。今度はところどころへ首を突き入れて女達に質ねさえしてみた。が、かれこれ二時間あまりも歩き廻ったけれど一向に埒《らち》が明かず、激しく疲れが出、空腹を感ずるばかりだった。とうとう優美館
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