うに彼女の不調和にも長い胴の下に続くいびつに大きなお尻が目の前にちらついて見え、それに向って温かい血潮の擾乱がどくどくと流れる切ない快感を覚えるのだ。彼はひとりでに気がむせんで来てごくりと音を立てて固唾《かたず》をのんだ。その時ふとどうしたことか、彼は自分の耳元に彼女の囁き声が聞えたように思われたので、はっと驚いて振り向いてみた。けれどむろんそこに文素玉の影もあろう筈がなく、ただ道行く人が一人|胡散臭《うさんくさ》そうに立ち止って彼の姿を眺めていた。くそ忌々しいと彼は再び口に出して呟いた。
白堊建の大きな朝鮮人経営の銀行前を通って、いつの間にか鐘路四辻の方へ近附いて来た。急に辺りは騒々しくなり、人力車は走り自動車は流れ電車はもどかしげに警笛を鳴らしている。百貨店和信と韓青ビルの高層建築を起点として、東大門の方へ向って大通りを挟み立派な建物が海峡のように連なっていた。丁度四つ角に立っている旧世紀遺物の鐘閣の前へ出ると跼《せぐくま》っていたおいぼれの乞食達は手をさし伸べ、きたならしい乞食の子供達はどこからともなく稲虫のように群がって来た。今年はめっきり乞食がふえている。彼は物々しく手を振
前へ
次へ
全74ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
金 史良 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング