の写真を指差した。おーと彼女は驚いたふうをする。そこで彼は悦に入っていきなり人の目を盗んでその写真をちぎり取り、無理矢理に彼女のハンドバッグへ押し込んだ。その後アンナは豆満江国境でスパイとして検挙され、彼は件《くだん》の写真が彼女の手元から出て来たために、同じく嫌疑を受けて留置された。こうして大変なことになるところを、大村が官庁の力でいろいろと釈明奔走して身柄を貰い下げてくれたので、彼は大村には一世一代の恩義を感ずるようになった訳である。でなくても朝鮮の一般の人々に野良犬同様に見放された現在の彼は、大村にまで捨てられては野垂死《のたれじに》するより致し方がなかった。が、今はもう朝鮮にも愛国熱は漸次高まって所期の目的は殆んど達せられつつあるのに、愛国主義をふりかざして社会の公安を妨げ到るところで悪事を働く玄竜を、そのまま用いることは大村の威信にも関ることと云わねばならぬ。その実又玄竜に関する限り、司直当局に対する非難攻撃が甚しく警察でもそろそろ内査を始めたのだった。それで大村は警察に渡すには忍びない気持と持前の信心深さから、お寺へ赴《おもむ》き坐禅修行をして早く謹慎の状でも見せろと命じた
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