、彼の言葉の通りに朝鮮文壇を実際に担《にな》う小説家であり、又その性格破綻に近いところなどは、いよいよ彼が非凡な芸術家である所以《ゆえん》だと頑《かたく》なに信じ込んだ。こうして絶望の玄竜はわけもなく大村に取り入り重用されるようになったのだ。ところが、好事魔多しとかでそれから間もなく、玄竜は或る至って奇妙な事情からスパイの嫌疑を受け憲兵隊に挙げられたのである。丁度或る麗かな日の午後のこと、彼はいつもの本町通りで一人の年若い妖艶なフランスのアンナと称する女を見かけたのだった。彼は勇躍してボナミとかマドモアゼル、ウイメルシイとか片言を並べつつ近附いて行った。青い瞳の女も中々心得たものでたどたどしい日本語ながら、自分は漫遊に来ていて間誤《まご》ついていると云ってやんわり笑った。彼は益々いい気になって方々彼女を連れて歩きながら、道行く人々に聞えよがしに、ボンジュール、トレビアン、ボウギャルソン、ススワルとか知っているだけのフランス語を全部叫んだ。そして態々《わざわざ》古本屋へ引張ってはいり、自分のプロフイルの出ている三流雑誌を捜し出してグラビヤの頁を開き、誰であるかを知っているかと得意気に自分
前へ 次へ
全74ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
金 史良 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング