火を附け、ふーと煙を吹き上げた。ぼうっと陽炎《かげろう》に霞んで程遠く西の彼方に天主教会堂の高く聳《そび》え立った鐘楼が見え、そこら辺りに高層建築が氷山のように群立っている。正に彼の行こうとする目標だ。それにしてもさて何処から下りて行ったものだろうかと頭《こうべ》をめぐらしたと思うと、彼はわれ知らずくすりと笑った。朝鮮家の屋根屋根を越えて南の麓の方を眺めた時、本町五丁目と思われる辺りに、黒い変圧器を幾つものせた異様な電信柱がふと目に附いたのだ。それはいつだったか、泌尿病院を捜して徨《さま》い歩いた時、そこにさる所の広告がぶら下っていたことを急に思い出したからである。そうだ、あれを目印にして下りて行けばいいと彼は自分に云った。――
 本町通りと云えば京城では一番繁華な内地人町(日本人町)で、それは蜿蜒《えんえん》と東西に細長く連なっている。ようやく廓の出口を捜し当て、そこから本町五丁目へ玄竜がのっそり現われ出たのはもう十時すぎ、通りには人影も多く割り方賑やかだった。彼は文人でも官吏でも、誰か親しい人に会いたいものだと思いながら、眼尻を下げやや俯向《うつむ》き加減で通りの真中をがに股で歩き
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