ンだと叫んでかぶりついたのであるが、女はこういう天外な芸術家を理解しようとはせずにびっくりして飛び出したのである。彼はそんな不快なことを思い出して畜生、忌々《いまいま》しいと再び呟きつつ、兎に角一応小高い所まで出て見ねばなるまいと考えをきめ、いくらか坂になっている小路をさして又とぼとぼ歩き出した。やはり突き当ったり、くねりくねり曲ったりしつつ、ようやく坂の上、陽春館というそれも青ペンキ塗りの大門の前まで辿り着いた。辺り一面、数百千と坂をなして密集している朝鮮人の娼家の屋根が、右にも左にも上にも下にも波打っている。生温かい初夏の風に吹かれつつ誰かの詩にあるような、われ今山上に立つといった恰好で暫し突立っていると、ひたひたと寄せて来るやるせない淋しさをどうすることも出来なかった。男達が右往左往し娼女達の嬌声が高らかに響き返っていた昨夜の娼家界隈とも思われない程、辺りは森閑《しんかん》としている。だがこの満ちあふれる家々の中に何千という若い女が洗いざらしの藷《いも》のようにごろごろしているのに、自分は二日もすれば薄暗い妙光寺の中で寝起きせねばならないのか。玄竜はそこで二本目の煙草を取り出して
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