わず、大門に赤や青のペンキを塗りたくった、いずれも土壁が今にも崩れ出しそうな家ばかりである。こうして又、黙々と折り返し方々縫い歩く中に、とうとう彼は迷い込んでしまったのだ。そう早くもない時刻だが、どの小路もひっそりとして、時々朝帰りの客が、きまり悪そうに肩をすぼめてふらふらと通り過ぎる。どことも知らず迷い込んだ塩売り爺さんは、やけに、
「塩やーい、塩やい!」
と叫び廻っていた。玄竜はようやく三叉に岐れたところまで出て来ると、ゆっくり「みどり」を一本取り出して咥《くわ》え、辺りを見廻しつつ不機嫌そうに何かをぶつくさ呟いた。どうも気に食わぬ女を抱いたものだと思ったら、帰り途にさえこんなに手古摺《てこず》るわいと彼は愚痴《ぐち》るのだった。だが、それよりも先程から彼の心の一隅にはどうしても払いのけることの出来ない黒い雲のわだかまりがあるのだ。時々それは強く胸をしめつけるようでさえある。実に彼はあるのっぴきならぬ事情から、この二日の中に頭髪を剃りお寺へ修行に参らねばならぬ身の上だった。それ故|娑婆《しゃば》の悦びもこれでおしまいかと思えば興奮のあまり、昨夜|敵娼《あいかた》の頬をメロンだメロ
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