り又文学の天才であると錯覚を起してしまった。だが文学の道だけはどうにもままならずで悶々としていたが、或る年、女を斬りつけた罪で送還を余儀なくされ、ついに破れかぶれの気持で朝鮮へ引き上げたのである。それからは朝鮮語で奇を衒《てら》うような、或は淫靡《いんび》を極めたような文章を綴って低俗な雑誌へ方々売り込みに歩いた。信玄袋にはいつも原稿を入れて担いで廻り、バーやカフェーを荒しては巡査に捕えられ職を訊かれると、得意になって文士の玄竜だと云い放った。招ばれもしない会に現われては口を開けば、フランス語やドイツ語ラテン語のうろ覚えているだけの単語を出鱈目《でたらめ》に喋りちらし、人の前では自分は柔道初段以上だからと胸を張ってみせる。そしていつも東京文壇で自分が如何にも大活躍していたようにだらだら自慢話を並べ立てた。それが恰《あたか》も今の朝鮮での自分の存在を高めるとでも思っているかのように。万事がこういう調子なので、だんだん世間の人は彼を気違いとして取り合わぬようになったが、そうなればなるほど彼は願ったり叶ったりでいよいよ有頂天になって、真実の天才なればこそ俗人達には容れられぬものだと嘯《うそぶ
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