にもいささかは恵まれていた。ただ長い間のどうすることも出来ない窮乏や孤独や絶望が、彼の頭を攪乱《かくらん》してしまった。それに今は朝鮮という特殊な社会が彼を益々混迷にぶち込んだのである。一種の性格破綻から父や兄には勘当され、学業は成らず生活費のあてとてなかった。東京での十五年間の生活というものは、それこそ正しく哀れな野良犬同様だった。殊に悪いことには自分が朝鮮人であることをどう隠そうにも、彼の骨組や面貌がまぎれもなく朝鮮人に出来ているので、下宿へ宿ろうとしても第一が顔、それにぼろぼろのズボンと来ているから、てもなく断られるのである。で、彼はふと神の啓示でも受けたように苦肉の一策として、急に自分は朝鮮貴族の息子でしかも文学的な天才であるばかりか朝鮮文壇では第一流の作家だとふれ廻ることにした。彼はそれで、朝鮮人であるがためにより余計に受けねばならない蔑視や気拙いことをも多少は緩和させ、いくらか暮しの上でも融通をきかせようとする心算である。ところが奇蹟的なことにはその方法が全く功を奏して次々と二三人の女に飼われることが出来た。こうしてとやかく一二年する中にすっかり彼は自分が本当の朝鮮貴族であ
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